安倍晴明も、折った紙を白鷺に変えて飛ばした話が『宇治拾遺物語』に出ています。
幣も折り紙の鷺ももとはただの紙です。
それがそのような超自然的な活動をするということは、そこに何か神霊が愚いているからだと考えられる。
もちろん、愚けたのは行者自身です。
では、それら幣や折り紙についた神霊が式神なのでしょうか。
小松氏はこうも書いています。
「この『式神』は、日頃は天竺天とか中空とか地中に納められていて、必要な時にそれを形どった御幣(式王子ともいう)に祈り招き、そしてそれを操るとされています。
『式王子』もしくは『式神』は荒々しく恐ろしい神であると考えられており、しかも特定の神ではなく、無数に存在している神霊や精霊を特別の呪文・法文を唱えることにより式神化するものであるらしい」右の文はいざなぎ流陰陽道の式神呪術について述べたものであるから、これをもって平安時代の陰陽師の式神を判断することはできない。
『倭訓栞』の「人形の識神」という説や『宇治拾遺物語』の安倍晴明の説話などからすると、ほぼ同様のことがいえるのではないかと思えます。
もしそうだとすると、式神とは特定の神霊の種類・名称ではなく、呪術の技法を示す言葉であることになります。
話は変わりますが一般的な普通の占いで、占いはこちらって所がやっぱりいいですよね^