「題名のない音楽会」
ところが、藤田さんが書いてきた台本にはどうしたことか『題名のない音楽会』となっており、以降それが使われるようになった」と当時を思い起こす。
解散の憂き目にあいそうな東京交響楽団の救済という意味もあったが、彼らはクラシック音楽の大衆化を第一の目的とし、音楽に縁のない人にもテレビでなじんでもらおうとした。
黛氏は第1回放送のとき、「いまのクラシックの演奏会がガラガラという現象は、各オーケストラともあまりにも格式ばっているためだと思います。
だからこの番組では、ジャズやポピュラーを演奏するのはもちろんのこと、クラシックの場合でも、曲をバラバラにしたり、オーケストラを分解するなどの実験をして、いままでのオーケストラのあり方に抵抗を感じている人たちにも音楽は楽しいものだ、ということをわかってもらおうというのがねらいです」と語っているのをみても、当時の状況がよくわかります。